大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和50年(ネ)313号 判決 1975年12月25日

控訴人

岩崎忠治

右訴訟代理人

朝比純一

被控訴人

岡三証券株式会社

右訴訟代理人

信部高雄

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所も、また、結論において原判決と同一に判断するものであり、その理由は、次に附加するほか原判決理由と同一であるから、これをここに引用する。

右引用の原判決認定事実によると、証券取引業を営む被控訴人が昭和四六年一一月二九日控訴人から株式会社熊谷組の株式一、〇〇〇株の株券(五〇〇株券二枚、〇一四―一一、二六三及び一一、二六四、以下本件株券という)を代金六五万五、〇一〇円で買受けたが、右売買の際本件株券につき特段の調査をせず買受けたところ、本件株券は同年四月一三日福井簡易裁判所で除権判決を受けていたことが後日判明したものである。

被控訴人はこの事実にもとづき民法五七〇条、五六六条により隠れた瑕疵ありとして売買契約を解除して支払つた代金の返還を求めるものである。本件株券が除権判決を受けていわば単なる紙片にすぎないものである点に着目すれば右売買は当初から不成立ないし無効と解すべき余地もないではないが、この点は控訴人においてもあえて争わないところであり、除権判決を受けるまでは正当な株式を化体する証券であつたものが、売買当時は除権判決によつてその本来の価値を失つていたが、それでも株券としての形体を存し一見して適正な有価証券としての外貌を呈している以上、売買は一応有効に成立したものとしてその救済は瑕疵担保責任の問題としてとらえるのは現実的であるとして許されるべきである。

控訴人は、被控訴人には、本件株券が除権判決されていないことを確かめて買受けるべき注意義務があつたのにこれを怠りその調査をせずに買受けた過失があるから、本件株券の売買には隠れた瑕疵がないと抗争する。一般に、売買の目的物に隠れた瑕疵があるとするには、買主がその瑕疵を認識しなかつたことに過失がないことを要するものと解するのが相当である。思うに、取引上要求される通常の注意義務を尽せばその瑕疵を発見できた場合は、目的物に隠れた瑕疵があつたとはいえないからである。そこで、進んで本件において被控訴人に過失があつたかについて検討する。株式の売買を業とする証券取引業者が一般顧客から店頭において現物の株券を買受ける場合は、取引所を介して行われる証券取引業者間における株式売買とはやや異なるとはいえ、その性質上はやはり迅速性の要求が強い上大量の取引の一環として行われるものであつて、このような場合証券取引業者が買受けるべき株券を個別調査して大量の市場流通の株券の中から特定の株券につき除権判決の有無を確定することは必ずしも容易ではない。もとより発券会社に照会する等の方法はあるが、それには相当の時間を要し、その調査の結果を待つたのでは到底通常の証券取引業務に堪え難く、その調査を義務づけることは経済的にみて酷に失するというべきであろう。そして一般に除権判決が出ているということはむしろ異常な例外的事象というべきことを考え合わせれば証券取引業者が店頭実株の売買につき個々の株券が一々除権判決されていないことを調査し確定して買受けるべき業務上の注意義務は存在しないものと解するのが相当である。本件において、右の点から、証券取引業者である被控訴人が一般顧客である控訴人から本件株券を買受けるにあたりそれが除権判決されたものであるかどうかを調査しなかつたためこの点についてその認識を欠いたまま売買したことには過失はないものというのを妨げず、したがつて、本件株券には隠れた瑕疵が存在したものというべきである。

前記引用の原判決認定事実によると、被控訴人は昭和四八年三月二九日ころ到達の内容証明郵便で控訴人に対し、本件株券に前記のような隠れた瑕疵があつたことを理由として売買を解除する旨の意思表示をしたもので、右売買が契約をした目的を達しえない場合であることは白明であるからそれにより右売買は適法に解除されたものというべきである。したがつて、控訴人は被控訴人に対し、解除に伴なう原状回復として、支払を受けた代金六五万五、〇一〇円、及び、これに対する代金支払の翌日である昭和四六年一二月一日(この点は弁論の全趣旨から認められる。)から支払ずみまで商事法定利率年六分の遅延損害金の支払義務を負う。

よつて、被控訴人の本訴請求は理由があるのでこれを認容すべきところ、これと同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(浅沼武 田嶋重徳 高木積夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例